会社沿革

会社沿革

大正15年  5月11日   南冷蔵庫製作所 創業

昭和27年 12月 2日   有限会社 南冷蔵庫製作所設立 資本金30万円

昭和33年 12月 1日   三菱電機株式会社特約工事店指定

昭和38年  5月 1日   資本金100万円となる

昭和38年 12月15日   熊本市高江町1464-1(現在地)に新設移転する。

昭和43年  6月10日   資本金500万円となる

昭和44年 12月 1日   熊本県経済連の指定工事店となる

昭和48年  5月 4日   資本金1000万円となる

昭和48年  5月 4日   商号変更、有限会社 ミナミ冷設とする

昭和48年  5月17日   熊本市水道局指定工事店認可

昭和50年  3月 1日   日本軽金属株式会社の代理店となる

昭和52年  2月22日   組織変更 株式会社 ミナミ冷設とする

平成10年  2月23日   住居表示変更により 熊本市南高江3丁目1番66号となる

平成10年 12月21日   資本金2000万円となる

平成24年  4月 1日   政令指定都市移行に伴い、熊本市南区南高江3丁目1番66号となる

会長回想 「今の自分があるのは、過去から現在において出会ったすべての人のおかげ」

 昭和4年1月20日、熊本で生を受けました。

 幼少期は10人兄弟という大家族で、戦時中という大変苦しい時代でしたが元気に熊本の町で育ちました。私の人生の中で戦争体験は非常に大きな意味合いを持っています。
 戦争により、大切な兄弟を失い命の大切さを痛感いたしました。
 また、旧制中学2年生で鹿屋航空隊に海軍飛行予科練として着任し、厳しい訓練を日々こなして徹底して縦社会での精神、忍耐を教育されました。
 幾多の悲惨たる、惨忍な戦争の光景や爪痕を見て本当の意味で戦争の怖さを知りました。
苦しく、辛い体験ではありましたがこの経験が今日の私の仕事に対する「不屈の精神で何事にも負けては為らぬ」という源になっております。
 終戦は千葉県の香取航空基地で迎え、特に終戦の8月15日、玉音放送から流れてきた「言葉」を忘れることはありません。

 戦後、ようやく人々の生活が元に戻り始めたころ私は復学せず「家族を食べさせて支えになりたい」というただそれだけの想いで現在の仕事を始めました。
 昭和26年10月1日銀丁百貨店、翌年6月22日には鶴屋百貨店に大型リーチイン冷蔵庫を納めました。これが現在の「ミナミ冷設」の始まりです。その後も旅館や大型レストランへ「氷代で冷凍機設備が償却できる」というキャッチフレーズで売り出しました。後に様々な利便性を考慮して移転を行い現在地へ移ってまいりました。
 昭和35年には国内で初めて小児マヒ ワクチン製造棟として厚生省の検査に合格した、化血研の特殊設備工事に携わることが出来ました。その他、数多くの施設、ビル、住宅の空調設備を手がけてまいりました。
これまで多くのご支援者様のおかげでここまで「ミナミ冷設」を続けることが出来ていますことを大変感謝しております。

 「今の自分があるのは、過去から現在において出会ったすべての人々のおかげ」でございますことをここに記します。

代表取締役会長 南 昭三

創業当時の社屋
昭和38年移転当時の社屋外観